Linの気まぐれトーク

映画と小説の日々

その本は書棚の奥に

友人とは18歳の時からの付き合いなので、はや半世紀になる。

兵庫県西宮市の関学時代のことだ。

当時は下宿といえば、学生課で紹介してもらっていた。

出遅れた私が見つけたのはベニヤ板で増築したような部屋だったが、親はとにかく見つかってよかったと喜んだ。

そこに彼女が母親と共に現れた。

「もう決まっちゃったけど、よかったら、近くの下宿を紹介しましょう」と、その下宿のおばさんが言い、彼女は近くの下宿の三畳を借り受けることになった。

その三畳は、荷物置き場として使用していたため、空き部屋となっていたのだ。

当時でも三畳を我が部屋とする人は希少だった。彼女もすぐに他の部屋を見つけて替わるだろうと思った。

が、4年間、お互いにその不自由な部屋に居住し続け、行ったり来たりの友情を育むこととなる。


今は沖縄在住だが、当時彼女の実家は高松だった。小金持ちの学生が多いその大学で、お互いに裕福ではなかった実家事情も手伝い、共通項を見出しては密度の濃い付き合いをした。


彼女は英文科に進み、私は日本文学科へ。

卒業して下宿を引き払えば、その付き合いも終わるだろう。

なんとなく、そう思っていた。

彼女には彼女なりの劣等感があったかも知れないが、学内では決して浮いた存在ではなかったと思う。私はどうだったかといえば、最後まで学風に馴染む事は出来ず、落ちこぼれのままだった。

卒業し、彼女は関西に残り日本航空に勤めた。私は名古屋の図書館に就職した。


不思議なことに友人関係は自然消滅することなく、現在に至っている。

いつも彼女の引き立て役でしかなかった。

何故付き合いが続いたのか、いまだに問いただすのが怖くてうやむやのままだ。


前置きが長くなりすぎた。


学生時代の思い出は限りないが、そのひとつに読書がある。

「今、どんな本を読んでいる?」と確認し合っては、その本について語った。



この本は、わたしが読んだ。

遠藤周作の狐狸庵シリーズは息抜きの読書で、マイブームだった。

その遠藤周作が『海と毒薬』を書くきっかけとなった小説として『テレーズ・デスケイルゥ』を紹介していた。

読んではみたが、さっぱり良さがわからない。

それで彼女の意見を聞いたのだと思う。


タバコばかり吹かして何もしようとしないテレーズの生き方がわからない、

多分そんなことを言ったのだろう。

彼女は、

「あなたがテレーズの生き方に不満なのはわかる。でも、わたしなら何もしないでも生きていける。だからテレーズの生き方もわかる」みたいな。


何の因果か、ふとそれを思い出し、彼女にメールした。

全く覚えていないという。

その本は遠藤周作の訳で出版されているようだけど、この暑いときに読めるような本じゃないみたい、と。


本棚を探した。

すると学生時代に読んだ新潮社文庫が、黄ばんではいるものの、あった。



確かにこの暑さの中で読み進むのは苦しい。

学生時代、わたしはどんな思いで読んだのか。


何よりも驚いたのは、テレーズの生き方。

タバコばかり吹かして何もしないのは、軟禁されていたからではないか。

あの時代、収入のない主婦が家を出るのは殆ど不可能だったはずだ。


この本の読み間違いを書くつもりだった。

けれど私にとって重要だったのは、学生時代の友人とのやり取りだったのかもしれない。

それを知るために、この中篇を読み直したのか。

テレーズは当時にしては珍しい、個人の生き方を持った女性だった。

有産階級の、家が取り決めた結婚に従うことをよしとしなかった女性。


ついていけなかったのは、こちらではないか。

タバコばかり吸っていたことだけは記憶にあるのだから、それが重要だったのか。

馬車が主要な交通手段だった頃の話だ。


学生時代の思い出話から、自らの生き方を省みることになってしまった。