Linの気まぐれトーク

映画と小説の日々

田舎暮らし

夜明けが早くなりました。

5時過ぎにはもう薄く光が差し始め、

5時半から1時間ウォーキング。


朝ドラ観て、エクササイズをみっちりしても、9時半には自由の身。

その時間を、今は庭の草むしりに。



この写真はスマホをポケットにしまう時、勝手にシャッターを押して撮ってしまったもの。

面白かったので採用。

蛇の髭という草、ご存知ですか?

ジャノヒゲと読みます。

それが山のように盛り上がり、花壇を乗っ取られていたのです。

それと悪戦苦闘すること数日。



beforeの写真、撮っておかなかったことが悔やまれます。

雑草を取ったら何も無くなってしまったので、

薔薇を一輪。


プリンセス・ドゥ・モナコ

枯れないでよ〜


この苗はカーマホームセンターで購入。

その道すがら、野生の藤に遭遇してびっくり。



いつも通っている道なのに。

こんな野生の茂みを左手に、

右手にはこんな光景が。



建設中の高速道路。

田舎ならではの風景です。


こんな時間に更新しているのも、

孫に振り回されているから。


来月からお嫁さんがフルタイムで勤務し始めるので、1歳から8歳の孫3人の面倒をみることに。

静かにその準備期間に入りつつあります。

とりあえず、今日はここまで。

自転車と映画

昨日から雨模様で、

庭の草むしりが出来ないだけなのに、

とんでもない怠け者になってしまったようで

気が滅入ります。

晴耕雨読にも、覚悟と修行が必要?


観た映画は、

『自転車泥棒』

終戦間もないイタリアを舞台にしたモノクロ映画。

闇市に近い市場や人々の雑踏。

職探しに群れる男たち。

質屋通いの主婦。

水道がない生活。

ああ、子ども時代を思い出します。

と言っても、1950年の作品ですから私は生まれていませんよ。


映画の話、

やっとありついた仕事は自転車が必要で、奥さんがシーツを質入れして自転車を受け出します。

自転車の前に奥さんを乗せたり、息子を乗せたり、一家を支える足として大活躍。

自転車が家族に幸せをもたらすシーンから始まります。

なのに、あろうことか、夫は仕事中にその自転車を盗られてしまうのです。


タイトルから自転車を盗られることはわかっていました。

貧しくとも幸せな一家を描きながら、

どうしてそんな理不尽な筋立てにするのか。

怒っても始まりません。

ネオ・リアリズモは映画の一手法なのですから。


自転車を盗られたことで、だんだん追い詰められていくお父さん。

見上げる子どもの心配そうな目。

親も必死だけど、 

子どもも必死。


この必死さに、

つい涙ぐんでしまうのです。

リアリズムですから、ハッピーエンドにはなりません。





こちらは7、8年前のフランス、ベルギー、イタリア合作映画。

場所はどこだろう。

フランス語を話しているので、パリ郊外?


父親に捨てられ、施設暮らしをする少年と、

自転車が縁で知り合った女性の、

血のつながらない親子の情愛を描いている、のかな?


自転車が愛しくて借りたDVDでしたが、

どちらもヒューマンドラマ。


自転車はどんなに頑張って漕いでも、俊足には叶わないし、飛びかかられれば簡単に倒れてしまう。

不安定で頼りない。

まるで主人公のよう。


これが自転車なのだと再認識。

それでも自転車でしか描けない人間関係を見つけました。


やっぱり、自転車いいな。

映画『スリー・ビルボード』、小説『野良犬の値段』

下に見ているとか、偏見だとか、人は言うけれど、

誰も自分が差別しているとは思っていないはず。

間違っているのは周りの方で、自分は正しい。

そう思うから、生きていける。

でも、

人のことはよくわかるけれど、自分のこととなると、さて、どうなのか。



気になる映画を観た。



主演のフランシス・マクドーマンド目当てだったけど、

確かに彼女の掛け値なしの強さに圧倒されてしまったのだけれど、

こんなに差別満載の話も珍しい。


ざっとあらすじを紹介すると、

夫とは離婚し、一男一女と暮らす主婦。

マクドーマンド演じるこの主婦は、男まさりというか、自分の周囲にいたら怖いと思うレベル。

愛想笑いもなく、言いたいことはズバリと言う。

ところが彼女の娘がレイプされ、焼死体で発見された。

犯人は捕まらない。

彼女は警察を告発する看板を作る。

それがタイトルの「スリー・ビルボード」


南部の田舎町、警察官は人種差別主義者(レイシスト)

それだけでなく、あちこちに人を貶め傷つける発言が。

例えば、動物園勤めの元夫のガールフレンドを揶揄してマクドーマンド(元妻)は「臭い」という。元夫は怒りのあまり殴りかかる。


放火犯の彼女(マクドーマンド)を庇う小男(障害者)に向けられる周囲の目も好奇心に満ちているが、彼女自身も小男を下に見ていることに気付かされる。


これは差別(人を下に見たい欲望)から自由になる、厳しい道を描いているのかも知れない、

いや、怒りが怒りを生む「差別」という不毛を描いたのか。



こちらは小説。



最新刊を図書館の予約待ちで、今日読了。

ホームレスを誘拐し、マスコミに法外な身代金を要求する話。

ここに描かれるのも、社会的に最底辺と見做されるホームレスへの視線。


久々に一気読みした。

百田さんも色々言われる作家さんですが、

これは力作だと思います。