Linの気まぐれトーク

映画と小説の日々

ひとりの男の半日を描く

(映画『桜桃の味』のネタバレ内容を含みます)

1枚100円で借りられるDVDにハマっている。
観たい作品は決めているけれど、たまたま目について借りることも。 

『桜桃の味』も、そんな一枚で、
アッバス・キアロスタミ監督の作品は、20年以上も前に名古屋のミニシアターで出会った。
確か『オリーブの林を抜けて』

イラン映画というだけで〈非日常〉の代名詞のようだった。
まあ、そんな時代の置き土産みたいな懐かしさで手に取ったのだ。

ところが、帰ってからロックが解除されていない事に気付く。
仕方がないので再び来店し、外してもらう。
すると不思議なもので、この作品が何か特別なもののような気がしてきた。
手のかかる子ほど可愛い、の心理?

結果、2度も観てしまった。
一度では意味が分からなかったということもある。
今村昌平監督の『うなぎ』がカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞したとき、同時受賞したのが『桜桃の味』だったらしいが、全く記憶に残っていない。
きっとニュースにもならなかったのだろう。

1度目は、ラストで動揺した。
ど、どういう事? 全部劇中劇だったの?と。

自殺願望の男がその幇助(死を確認して土をかける)をしてくれる男を、半日探し回り夜を迎えるのだが、

その翌日、薬を飲み、穴に横たわったはずの男が元気に歩いているではないか。



そして、カメラ撮影する人々。



まるでドキュメンタリーのように描いているが、これは主人公の男の企画モノだったということ?

が、解説を読むと
この人こそアッバス・キアロスタミ監督で、
つまりこの作品のメイキング風景だったのだ。

音楽もなく、カメラはひたすら運転する男の横顔や、



奇妙なアルバイトを持ちかけられた男との会話に終始する。


最初のクルド人兵士


ふたりめの神学生。
そして最後の老人は、言葉から始まる。




この老人はかつて自殺を試みたことがあり、その時、たまたま口にした桑の実の味に救われたという。

映像は殆ど四輪駆動車のドライブ風景ばかりで、

テヘラン郊外の殺伐とした風景は、土埃にまみれている。



道案内はいつしか老人が始め、


この言葉が遂に現れる。


桜桃の味って、生きることの素晴らしさだった。


自然史博物館に去る老人を追って引き返したとき、男の気持ちは死から遠のいている。




そうか、そういう映画だったのだ。

ラストの意味、何となくわかった気がする。

感情移入出来ない作りの意味も。

取り澄ました最初の横顔と、この顔を見れば、

彼の内面のドラマが見えてくるのだ。


いい作品に出会えて、よかった。

私も自分の現実に帰ろう。