Linの気まぐれトーク

映画と小説の日々

衝撃を受けて

昨日は歩いて20分のレンタルショップへ、ある作品を探しに出かけた。

あらかじめ検索をかけて、そのDVDはレンタル可、棚は〈洋画 スポーツ 青春〉であることは押さえている。


大体この辺りと検討をつけて探すが、見つからない。

店員さんに尋ねると、やはり同じところをウロウロして不発、

バイトさんだったのか別の女性に変わって再び探す。


「もう一度お聞きしますが、タイトルは何でした?」

「ギルバートグレイプですが」


若い店員さんは首を傾げ、

「誰が出てる映画です?」


「レオナルド・ディカプリオとジョニー・

デップ…」と、私。


そんな豪華配役の作品が無名であることに納得がいかないようだ。

そう、私だって信じられない。

ついこの前、鳴り物入りでレオ様とブラピが組んだ映画が公開されたが、それに匹敵するコンビではないか。


スマホの検索画面を開き、〈スポーツ 青春〉コーナーであることを告げると、

店員さんはハッとある棚に駆け寄った。

「これですね」と指した先には、

あのDVDが。



何と〈ラブコメディ〉の棚、確かに〈青春〉と銘打ってはあるけれど。


スポーツとは明らかに関係ない。

一体、どういう基準のジャンル分けなのか。


それはさておき。

早速帰宅して観賞。


衝撃を受けた。

ジョニーデップが若くて真面目な役柄だった



ことにではなく、


ディカプリオが知的障害者役を演じていたことに。



設定では18歳。

医者には10歳までも生きられないと宣言されたが、天真爛漫に今も生き続けている。

ただし、片時も目が離せない。

その知的障害者の弟アーニーをディカプリオが、彼の世話をする次男のギルバートをジョニーデップが演じているのだ。


何という設定。

が、全然暗くないのは何故だろう。


障害者アーニーの底抜けの明るさに、登場人物みんなが、困りながらも救われているからか。

それほどアーニーの天真爛漫ぶりは堂にいっていた。


ちょっとした目の動き、口の歪め方、歩き方に至るまで、全く翳りのない、幼児のような明るさに満ちているのだ。


レオナルド・ディカプリオはまだ『タイタニック』でブレイクする以前、

実年齢でも18歳の時の作品らしい。

知的障害者のことを学ぶため、彼らと生活を共にして観察したという。






そして、肥満体の母親

父親は17年前に謎の自殺をし、

母親はそれから一歩も外出しない人となってしまった。

外出しないで食べ続けるので、その体重は途方もないものになり、彼女自身でさえそれを動かすのは至難の技。



たった一度だけその体で外出し、世間の好奇の目に耐えて抗議に出かけたのは警察署。

給水塔に登るイタズラをして留置されてしまったアーニーを取り戻すためだった。


この母親にも、哀しい存在感がある。

不本意に化け物のようになってしまった彼女も、昔は美しいひとだったのだ。


長い作品だったが、最後までしっかり観た。

忘れられない映画になるだろう。


人生って


そんなことをしみじみと、考える。