Linの気まぐれトーク

映画と小説の日々

『かもめ食堂』私感

近くのゲオで「かもめ食堂」のDVDを探す。
10年ほど前にミニシアター系にはまり、レンタルDVDで観た1枚だった。


フィンランド旅行に行く前の2014年にも楽天レンタルで見ているようだ。
フィンランド予習のつもりか、何枚もミカ・カウリスマキ監督も借りている。
が、復習はしなかったな。
後味の悪い旅行になってしまったからだが、理由はここには書かない。


6年たって「かもめ食堂」見直して、やっと謎が解けた気がする。
「かもめ」は私にとってただの映画ではなかった。


年賀状の付き合いしかしていなかった学生時代の知り合いに、いきなりフィンランド旅行に誘われて、ふつうは「はい、行きます」とは言わないよね。
もしも「かもめ食堂」を見ていなければ。


そう、ヘルシンキはちょっと特別な街だったのだ。

ころころに太ったかもめが港を跋扈し、

市場にはおいしそうな食べ物が並び、

町は小ぎれいで人は少なく

ヘルシンキの街並みはシンプルで分かりやすい

かもめの方が大きな顔をしていたな。


映画では、小林聡美演じるサチエさんは、古武道家の父に影響され、毎日、基本技である膝行を欠かさず、食堂を始めたのも父親に作ってもらったおにぎりの味が忘れられなかったから。母親の存在は希薄で、交通事故で亡くなった飼い犬と同等に近い扱いだ。
宝くじで資金を調達する時点でおとぎ話なのだが、映画ではそういういきさつはカットされている。
同じように、片桐はいり演じるミドリさんの過去も、映画では描かれない。
彼女はアカデミア書店でムーミンを読みながら、「ガッチャマンのうた」全歌詞を筆記することで全てなのだ。
サチエの第一の弟子である。


そのミドリ、サチエの店を手伝いながら居候することに。
手伝いとはいってもほとんど下働き、掃除したり、テーブルを拭いたり、トイレットペーパーを補充したりの雑用だ。
雑用というより修行に近い(無給を希望)。
そういえばサチエの父の口癖は「人生すべて修行」だった。


もう一人の日本人に、もたいまさこ演じるマサコさんがいる。
彼女はちょっと不思議な存在だ。
搭乗の際に預けたスーツケースが戻らないことはたまにある(らしい)が、そのとき彼女のように行動するだろうか。
スーツケースを紛失したことはマサコがヘルシンキに居続けるための口実で、
実際に見つかったスーツケースの中身は得体のしれない花のようなもので埋まっていた。
「あれは私のカバンではないような」と彼女は航空会社に電話する。
「私のカバンなんですが、でも違うような」と。


この意味がどうしても分からなくてネット検索。
「かもめ食堂 まさこ 荷物の中身」で見事にヒットするのだ。
中身は花ではなく、彼女が森で見つけたキノコなのだという。


港で見知らぬ男性に猫を託されるのも、このかばんと同じように、マサコの帰りたくない意思を表している。、と解説されていた。
なるほど、そういうことか。
そういわれれば、店を満席にするという目標を達成させたサチエが、市民プールで泳ぐとき、拍手する市民に囲まれるのも、あれは心象風景だったのかと納得する。


群ようこさんの原作も読んでみた。
ふつう、映画より原作の方がずっと情報量が多いものだが、この作品に関してはどうだろう。
別の作品といってもいいほど、映画独自のエピソードが多く、散文的な小説に比べ、はるかに訴えてくるものは大きい。


シナモンロールの登場も、映画の方がはるかにメリハリきいていたような。

これはヌークシオ国立公園のビジターセンターで頂いたもの。
お化けのように大きい。映画の比じゃない。やっぱり日本人の目線で作られている映画。
このシナモンロール(フィンランド人のソールフード的存在)の匂いが、かもめ食堂と地元をつなぐ役割を果たすというのも、映画のオリジナルだ。


いつも外から睨んでいた謎のフィンランド女性は、夫に逃げられ自暴自棄になっていたが、サチエたちの歩み寄りに、次第に心を開いてゆく。
「かもめ食堂」は女性たちの駆け込み寺だったのだ。


トンミ・ヒルトネンは日本人グループとフィンランド人たちをつなぐ中間地帯のようなもの。
だからなのか、登場シーンが多いわりに彼の存在感は希薄だ。


「かもめ食堂」につられて行ったヘルシンキ、
最後にやっと自由時間ができて、一人、アカデミア書店を訪れることができた。

全然読めないのに、本に囲まれているだけで落ち着くのは不思議な感覚だった。
そういえばサチエさんも、同じようなことを言っていたっけ。


カフェ・アアルトも見つけた。

映画と何も変わっていない。
ただサイズだけは日本人に合わせたのか小ぶりで、おまけにメニューは日本語だった。


「マサコさん」や「ミドリさん」はいっぱいいるんだ。
自分探しにふらっと来るには、ヘルシンキは安全で、女の一人旅に適しているのかもしれない。
もう一度行ってみたい気もするけれど、もう自分探しはいい。


やっと6年前のフィンランド旅行の意味を探り当てられた。
そうそう、ゲオで「かもめ食堂」を探すとき、当然ながらヒューマンドラマの棚に向かった。
が、実際に見つけたのはコメディ映画の棚。
ど、どこがコメディ?
大真面目にふるまっているのに笑われることがたまにある。
それに近い気分というか、「かもめ食堂」ってコメディなの?と、
これが一番深い謎かもしれないと思った、のだった。