忘れられないこと
姉がひとりいる。
今日が誕生日だ。
孫の誕生日は何度覚えても忘れてしまうのに、旧家族の誕生日は記憶にこびりついたように残っている。
3つ上なので晴れて70の大台か。
2人姉妹といえば仲が良さそうだが、そして結婚するまでは、実際、親以上に大切な存在だったが、今や他人の一歩手前みたいに交信がない。
きょうだいは他人の始まり、なのか。
年に2回、親の墓参りで顔を合わせるだけだ。
たまのおしゃべりは、やっぱり父のことになる。
当時、テレビは一家に一台しかなく、その貴重なテレビは茶の間に鎮座していた。
狭い国鉄官舎の茶の間の隣には、父の部屋があった。
早寝の父は午後9時には灯りを消していた。
姉と私が夢中になって見ていたドラマは「みだれ髪」(NHK)、そのタイトルの如く与謝野晶子の生涯を描いたものだった。
父を起こすと面倒になる、
姉と私はテレビのボリュームを絞り、張り付くようにして見ていた。
にもかかわらず、父が起きてきたのだ。
「くだらん、与謝野晶子は既婚者の男の家に乗り込むのか。なんて淫らなんだ。そんな女は許せん」
と、父は一方的に怒りだした。
著名な歌人ももへったくれもないようだった。
あるいは、鉄幹との才能の差を感じ取っての怒りだったのか。
とにかく、感動して見ていたドラマを一方的に貶され、私たちの至福の時間は台無しになった。
3歳上の姉は「『太郎』も酷いこと言われたよね」と言う。
あいにく私の記憶にはない。
若き日の石坂浩二が主演する、新入社員の話だったらしいのだが。
小学校卒で国鉄に入り苦労した父にとって、「太郎」のような若造が何をぬかすか、と腹立たしかったのだろう。
今の父親は子が見る番組にケチをつけたりはすまい。
テレビは一人一台の時代、というよりテレビが夢を運ぶ時代はとうに終わってしまった。
怒る父も、昭和のドラマも、風と共に去りぬだ
今日も朝の散歩で花を愛でる。
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